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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2301号 判決 1990年4月20日

原告

岡田茂

右訴訟代理人弁護士

寺尾正二

高橋清一

御正安雄

伊東眞

和田衛

松本和英

山田有宏

丸山俊子

竹澤哲夫

金綱正已

被告

株式会社三越

右代表者代表取締役

市原晃

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

村上實

右河村貢訴訟復代理人弁護士

岡野谷知広

三木浩一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億二四〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の地位)

原告は、昭和一三年、被告に入社し、昭和四四年以降、以下のとおり引き続いて取締役の任を務めてきた者である。

昭和四〇年四月二八日 取締役就任

昭和四四年一〇月二三日 常務取締役就任(以降代表取締役)

昭和四六年四月二二日 専務取締役就任

昭和四七年四月一二日 取締役社長就任

昭和五八年五月二六日 取締役退任

2  (取締役報酬の定め)

被告は原告に対し、昭和五六年五月に原告が代表取締役として重任される際、任期中の報酬として月額三〇〇万円を支払うことを約した。

右報酬額は、昭和五六年に開催された定時株主総会決議により定められたものである。

3  (退職慰労金の定め)

(一) 被告は原告に対し、原告が昭和四〇年四月二八日取締役に就任する際及び昭和四七年四月一二日代表取締役社長に就任する際、いずれも職務執行の対価として取締役退任時に退職慰労金を支払うこと、その金額は被告の内規ないし慣習によることを約した。

(二) 被告においては、退任役員に対する退職金支給の規定として、「役員慰労金算定基準に関する件」が施行されている。これによると、被告取締役の退職慰労金は、当該取締役の退任時の報酬月額に、その役位に対応した所定の倍率と在任年数を各々乗じた額であり、在任中役位に異動があった場合は、それぞれの役位ごとに退任時の各役位の報酬月額をもって、右方式により個別に算出した額を合計したものとなる。

(三) 右規定を原告に適用すれば、原告の退任時の代表取締役社長としての報酬月額は三〇〇万円であり、その在任期間は一一年一か月、社長の右所定倍率は5.0であるから、

3,000,000円×5.0×(11+1/12)

=166,250,000円

となる。

ところで、原告は、前記のとおり社長就任以前にも、四年六月間常勤の平取締役を、二年六月間常務取締役を、一年間専務取締役を、それぞれ歴任してきた者である。

したがって、原告の退職慰労金の算定にあたっては、各役位ごとに右方式により個別に算出した額を加算すべきであるが、これを考慮に入れないとしても、その額は右のとおり一億六六二五万円となる。

(四) 原告は、被告在社中、以下のとおり数々の業績を打ち立てた。

(1) 昭和二六年の三越ストを収拾した。

(2) 銀座支店長時代に銀座店を躍進させた。

(3) 大ナポレオン展をはじめとする数々の外国展開催を成功させるなど国際文化の交流に貢献したほか、スポーツ、演劇、映画などの文化活動に力を入れた。

(4) 流通業界の変化、消費者の動向を的確に捉え、新たな仕入、販売方法、新商品を企画・開発したほか、国内外に多くの店舗・拠点を展開させて、被告の売上を増大させた。

原告が、このように優れた経営手腕を発揮したからこそ、原告の社長在任中、百貨店業界は全般的に不振であったにもかかわらず、被告は売上高を二倍に伸ばし、税引後純利益を八八八億円計上して、業界第一位の地位を確保できたのである。こうした原告の功労に照らせば、支払われるべき退職慰労金額は五億円が相当であるが、少なくとも前記算定による一億六六二五万円を下回ることはない。

4  (退職慰労金請求の根拠)

(一) 株式会社の退任取締役に対する退職慰労金は、商法二六九条にいう「取締役ノ受クベキ報酬」に該当しないから、被告は原告に対し、株主総会の決議を要することなく、前記約定に従って、これを支給すべき義務がある。

(二) 仮に、退職慰労金の支給について、一般的には株主総会決議を要するものとしても、本件に関しては、これを不要とみるべき特段の事情があるというべきである。

すなわち、原告が社長として打ち出した積極的経営方針に反対する被告の取締役らは、原告を被告社内から追放し、原告のあらゆる地位、名誉、権利を剥奪することを計画し、代表取締役解任決議、虚偽の事実に基づく刑事告訴を行うなど著しく信義に反した行動をとった。

それまで被告の取締役を退任した者に対しては、前記規定に基づいて算定された退職慰労金が、当然かつ慣例的に支給されており、株主総会の決議は形式的なものであったのに、右取締役らは、原告に対する退職慰労金支給の件を敢えて株主総会に議案として上程しなかった。

株主総会決議は退職慰労金支給の法定停止条件とみるべきところ、被告は、故意にその成就を妨げたものといえるから、原告は条件が成就せずとも退職慰労金の支払を求めることができる(民法一三〇条)。

5  よって、原告は、被告に対し、代表取締役任用契約に基づき、退職慰労金の一部として一億円及び代表取締役社長としての任期(昭和五八年五月二六日開催の定時株主総会まで)中の報酬のうち未払である昭和五七年一〇月分から昭和五八年五月分まで合計二四〇〇万円、並びにこれらに対する右金員の支払期限より後の日である昭和六〇年三月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は否認する。

3  同3(一)は否認し、同3(二)ないし(四)は、いずれも争う。

原告は、社長在任中、愛人である竹久みちこと小島美知子(以下「竹久」という。)に不当な利益を与えたり、同人の経営する会社から過剰な仕入を行なって不良在庫を増大させて業績を悪化させたほか、右行為に対する特別背任容疑の捜査、起訴の経緯がマスコミによって大々的に報道された結果、その信用を失墜させるなど、被告に対して有形無形の莫大な損害を与えたものである。

原告の社長在任中の被告の業績をみると、消費者物価指数による修正を加えた売上高は、概ね減少の傾向にあった。しかも、右期間中の被告の売場面積は相当程度増加しているから、これを考慮に入れれば、被告の営業成績の低落傾向は一層甚だしいものとなる。また、営業利益、経常利益については、激減の傾向を示しており、昭和五七、五八両年度においては、計一九四億円にものぼる営業損失を計上せざるを得なかった(これらの営業成績を同業他社のそれと比較すると、被告の地位の凋落がより顕著となる。)。

したがって、原告のとった経営施策は、被告の業績に寄与するどころか、負担となっていたものである。

4  同4は争う。

退職慰労金を支給する場合、それが取締役在職中の職務執行の対価となるものである限り、商法二六九条にいう報酬にあたり、定款に定めがないときは、株主総会の決議を要する。

ところが、被告において、原告に対し退職慰労金を支給する旨の株主総会決議は、いまだになされていないのであるから、原告の退職慰労金の請求は、失当である。

三  抗弁

1  (解任決議)

(一) 原告は、昭和五七年九月二二日に開催された被告取締役会(以下「本件取締役会」という。)の決議により、代表取締役社長から解任された(以下「本件解任決議」という。)。

(二) 被告の役員報酬の月額は、昭和五二年五月二六日開催の株主総会の決議によって、総額二三〇〇万円と定められたが、個々の取締役に対する配分は、取締役会の決議により議長に一任され、担当役員らの内部稟議を経て、取締役の役位ごとにこれを定め、社内非常勤取締役については四〇万円とされていた。

右報酬月額の配分は、取締役個人ごとに決定されたものではなく、役位に対応したものであって、各取締役の役位に変更があれば特段の措置を要せず、自動的に報酬額も変更される扱いとされており、原告もこれに従っていたのであるから、右決議により、原告の取締役報酬は、月額四〇万円に変更された。

2  (報酬不支給決議)

(一) 昭和五七年一〇月三〇日に招集された被告の臨時取締役会において、原告に対する同年一一月分以降の取締役報酬を支払わない旨決議した。

(二) 前記のとおり、被告の個々の取締役に対する報酬の具体的配分は、取締役会の決議に一任されているのであるから、いったん定められた基準があっても、後の取締役会の決議によってこれを変更し、取締役個人に対する報酬を減額すること、あるいは無報酬とすることも可能である。

(三) 原告は、社長在任中、権限の濫用、公私の混同により被告会社を私物化し、竹久に不当な利益を与えたり、同人の経営する会社から過剰な仕入を行なって商品回転率の極めて悪い不良在庫を増大させていた。

右のような行為に対しては、社内外の指弾・批判も強まっていたところ、原告がこれに対して何ら反省の態度を見せなかったため、被告取締役会は、やむなく前記決議をもって代表取締役社長から解任した。

しかし、昭和五七年九月末ころから、原告の社長在任中の多くの特別背任行為に対し司直の捜査の手が伸び、同年一〇月二九日、原告は逮捕されるに至り、その経緯もマスコミによって大々的に報道されたため、被告の信用は著しく失墜した。

このような状況の下、経営上の義務違反の明らかな原告に対し、従前どおり報酬を支払い続けることは、被告の他の取締役の会社に対する忠実義務違反にも値するものであるから、直ちに臨時取締役会を緊急招集し、前記(一)の決議をしたのである。

したがって、被告においては、原告に対する取締役報酬の支払を停止できる特段の事情があったものといえる。

(四) 原告は、前記逮捕、勾留とこれに引き続く刑事裁判の審理中、被告の取締役としての職務を何ら執行しておらず、双務契約上の債務を履行していないのであるから、被告は原告に対し、右期間中の報酬を支払う義務がない。

3  (相殺)

(一) 立替金債権

被告は、原告のために、

(1) 昭和五七年一〇月末日までに

① 同月分報酬に対する所得税 二万七三三〇円

② 前年の所得に対する地方税 一二六万八四七〇円

③ 健康保険料 一万二六九〇円

④ 厚生年金 二万一七三〇円

⑤ 月払生命保険料 一万四六七〇円

合計一三四万四八九〇円

(2) 同年一一月末日までに

右③と④の合計三万四四二〇円

(3) 同年一二月末日までに

右③と④の合計三万四四二〇円

以上の金員を、それぞれ立て替え支払った。

(二) 背任行為に基づく損害賠償請求権

(1) 原告は、代表取締役社長として被告の業務全般を統括し、被告が商品を仕入れるにあたっては、仕入原価をできる限り廉価にするなど仕入に伴う無用な支出を避けるべき任務を有していたにもかかわらず、これに背き、株式会社アクセサリーたけひさ(以下「アクセサリーたけひさ」という。)の代表取締役、オリエント交易株式会社(以下「オリエント交易」という。)の実質的経営者であった竹久と共謀のうえ、同人の利益を図る目的をもって、昭和五四年四月ころから昭和五七年二月ころまでの間、被告が香港を中心とする東南アジア地域から商品を買い付けるにあたり、竹久に手数料を支払うべき合理的な理由がないにもかかわらず、香港在住の納入業者らをして、竹久に支払う手数料名下の金額を仕入価格に上乗せして請求させ、右金員を昭和五四年五月二三日ころから昭和五七年九月八日ころまでの間、東京都中央区日本橋本石町一丁目六番三号所在東京銀行本店外四行の被告の当座預金口座から右納入業者らに支払い、もって、被告に対し右手数料相当額の損害を加えた。

(2) 右仕入代金のうち竹久に対する手数料相当分は、香港三越(三越企業有限公司)社員が納入業者から振出小切手によって回収し、これを香港において竹久のコミッションの保管管理にあたっていた陳谷峰(以下「陳」という。)に交付していた。

(3) 被告が昭和五四年五月二日、ワイダーエンタープライズ(以下「ワイダー」という。)からドレス一万〇六六二着を105万6838.20香港ドルで買付けた取引に関し、竹久に対するコミッション分として右取引額の五パーセント相当の5万4460.16香港ドル、当時の換算レート一香港ドル41.76円によれば二二七万四二五五円相当が上乗せされた売買代金をワイダーから被告に請求させ、右代金が被告からワイダーに支払われたもので、その後、右コミッション分の額面額のライエンサン(黎燕珊)宛小切手がワイダーより振り出され、香港三越社員関根良夫(以下「関根」という。)がこれを入手したうえ陳に交付し、同年八月一八日、同額面額の金員が竹久の管理にかかるライエンサン名義の預金口座に入金されている。

(三) 被告は、昭和六三年二月五日の本件口頭弁論期日において、仮に抗弁2の主張が認められない場合、第一に、右(一)の債権及びこれに対する各立替金を支出した日(各月末)の翌日から民法所定年五分の割合による遅延損害金債権をもって、第二に、右(二)の債権をもって、原告の本訴取締役報酬債権(支払期限が先に到来する各月分の報酬から順次)とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は、否認する。

同1(二)のうち、被告の取締役の役位ごとの報酬の定めは知らない。

その余は争う。

2  同2(一)の事実は知らない。

同2(二)は争う。

株主総会が、個々の取締役に対する報酬の分配を取締役会の決定に一任した場合であっても、いったん定められた特定の取締役の報酬を、再度取締役会において減額したり、いわんやこれをゼロとすることは、株主総会による委任の趣旨に反するものであって、許されない。

同2(三)のうち、原告が特別背任罪の容疑で逮捕、勾留された事実は認め、その余は否認する。原告に対する取締役報酬の支払について、これを停止できる特段の事情があったとする点は争う。

仮に取締役に経営上の義務違反が存し、会社に損害を与えたような場合であっても、委任契約に基づく職務執行の対価である取締役報酬請求権自体に消長を来すことはない。

同2(四)は争う。

原告が逮捕、勾留され、取締役として職務が執行できなかったとしても、それは被告の他の取締役らが虚偽の犯罪事実を捏造し、これを捜査当局に申告したことに起因するのであるから、原告が報酬請求権を失う理由とはならない。

3  同3(一)の事実は知らない。

同3(二)(1)の事実は否認する。

同3(二)(2)、(3)の事実は、いずれも知らない。

原告は、被告から竹久に対し手数料名下に商品買付取引に関して金員が支払われていることを具体的に認識していなかった。

また、原告は、竹久が有能であって被告の商品開発・選定に貢献していると考えていたので、被告から竹久に何らかの経済的な対価が支払われているにしても、それを正当なものとみなしていた。

さらに、納入業者に手数料を上乗せした仕入価格を請求させ、代金を支払っていたとしても、当該商品の売価は右仕入価格を基準として他の商品と同一の粗利益率の下に設定されているから、仕入価格が増大するほど被告の利益増大につながるのであって、被告に損害を与えることにはならない。

したがって、原告につき特別背任罪は成立しない。

五  再抗弁

1  (本件取締役会の経過)

(一) 被告の取締役会の議長は代表取締役社長である原告が務めることとされていたところ、本件取締役会の議事進行は、予め以下のように定められていた。

① 被告の販売店及び傍系事業に関する八月及び前期の営業報告

② ボーナス支給などに関する承認の件

③ 専務取締役杉田忠義(以下「杉田専務」という。)による営業再建策の細部の報告

(二) 原告は、右①の営業報告をなし、右②が異議なく承認されたので、引き続き杉田専務に右③の報告を命じたところ、同人は立ち上がって、突然、「社長解任に賛成の方は起立願います。」と発言した。出席していた原告を除く一六名の取締役は、これに応じて起立した。

2  (解任決議の無効)

本件解任決議は、以下の理由により無効である。

(一) 原告の代表取締役解任の件は、予め定められていた本件取締役会の議案の中に含まれていなかった。代表取締役の解任は会社にとって極めて重大かつ異例の事項というべきであるから、予めこれを議題として各取締役に周知しておかなければ、取締役会において審議することはできない。

(二) 取締役会の議事は、議長の議事運営に従ってなされなければならないにもかかわらず、本件決議は、議長である原告の指示によらず、また、その指示に反してなされたものである。

(三) 本件決議は、動議の提出、提案理由の説明、動議の採否について賛否を問うという手続を欠いており、原告の解任の是非について何らの審議を経ておらず、原告に釈明の機会も与えられていない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)は争う。

同1(二)のうち、原告が営業報告をなし、ボーナス支給などの議題が異議なく承認された事実、及び杉田専務が立ち上がって、「社長解任に賛成の方は起立願います。」と発言し、原告を除く一六名の取締役が起立した事実は認め、その余は否認する。

原告は、本件取締役会において、五つの議題についての決議が終わった後、その他の審議事項につき杉田専務を指名し、以降議事の進行を任せたもので、本件解任決議の際は、同人が司会役、議長を引き継いでいた。

2  同2(一)は争う。

各取締役及び監査役に対する本件取締役会の招集通知には議題が特定して記載されていなかったのであるから、取締役会の権限とされる事項であれば、いかなるものについても審議、決議することができたものである。

同2(二)は争う。

代表取締役解任に関する議案について当該代表取締役は特別利害関係人に該るから、その決議(討議、議決の全過程)に参加することができず、同時に議長たる資格も失うものである。

本件解任決議においても、原告は特別利害関係人であるから、議長としての権限を行使できず、その指示に従う要のないものである。

さらに、取締役は、各自会社の業務執行の決定に関し平等の責任を負い、取締役会においても、その構成員として当然に発言の権利・義務を有しており、場合によっては、議長を務める取締役の職務執行を是正するための措置を求めなければならないのであるから、発言・提案にあたって必ずしも議長の許可を得る必要はない。

同2(三)は争う。

すべての取締役が、その内容を理解し、質疑や意見の陳述もないときには、提案理由などの説明や議論を経ることなく、直ちに決議をなし得るものである。また、特別利害関係人として決議に参加できず、発言も許されない原告に対し、釈明の機会を与えなかったとしても何ら違法はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二同2の事実について判断する。

1  <証拠>によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被告においては、取締役及び監査役の受けるべき報酬額に関する定款の定めはなく、株主総会は、右報酬総額の上限(月額)のみを決して、各取締役に支給する報酬額の決定は取締役会に委ねる旨の決議を行い、さらに、取締役会は、全員一致の決議で右報酬額の具体的配分を取締役会の議長に一任していた。

(二)  被告の取締役会における議事進行の具体的な手続を定めた「株式会社三越取締役会規程」(昭和四九年一〇月二四日改正)によれば、被告の取締役会を招集し議長を務めるのは取締役会長とされ、取締役会長に欠員または事故のあるとき、取締役社長、その他代表取締役の一名(数名ある場合には取締役会の定めた順序による。)が順次、右任務にあたるものとされているところ、原告の取締役社長在任期間(昭和四七年四月から昭和五六年五月まで、概ね取締役の任期である二年ごとに取締役会において重任されていた。)中、被告の会長職は常に欠員となっていたから、原告が取締役会を招集し議長の任にあたっていた。

(三)  取締役報酬の具体的な配分についても、原告が前記株主総会及び取締役会の決議に基づき、担当部署との間で内部稟議を経てこれを決定していたが、その内容は、個々の取締役個人に支給される報酬を一定額に定めるというものではなく、取締役社長、専務、常務取締役(代表権のある者)、常務取締役(代表権のない者)、使用人兼務取締役、非常勤取締役(社内取締役、相談役またはそれに準ずる者)、非常勤取締役(社外取締役)などの役職ごとに一定の月額報酬を定めるものであった。したがって、任期中に役職の変更が生じた取締役にあっては、各役職ごとの報酬額をそれぞれの在任期間に即して日割計算した金額が当該取締役の報酬として支給されていた。

(四)  被告の取締役社長の報酬額は、昭和五二年五月二六日開催の定時株主総会の決議によって取締役及び監査役の報酬総額の上限が月額一六〇〇万円から二三〇〇万円に改定されたのに伴い、右所定の手続のもと従前の月額三〇〇万円から昭和五二年六月以降の分につき三六〇万円に改定された。また非常勤取締役(社内取締役)の報酬額は、右改定の際も、従前どおり月額四〇万円に据え置かれたままであった。なお、昭和五七年五月開催の株主総会決議によって取締役報酬二〇〇〇万円と監査役報酬三〇〇万円とに右報酬総額の区分が明確化されたが、取締役社長を始め各役職ごとの取締役報酬額自体に変動はなかった。

2  以上の事実によれば、原告に対する取締役社長としての報酬は、昭和五二年六月分以降月額三六〇万円と定められたものと認めることができる。

右報酬額は、株主総会決議により定められた取締役の報酬総額の範囲内で、取締役会の決議により一任を受けた取締役社長である原告が適法な手続に従い決定したものということができ、右報酬の定めに変更のない限り、その後取締役社長に選任された者は、就任を応諾すると同時に右報酬請求権を取得することとなる。

三請求原因3及び4について判断する。

1  <証拠>によれば、以下の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  被告においては、退任した取締役に対し、ほぼ例外なく退職慰労金が支給されていたが、支給の基準については定款に定めがあるわけではなく、取締役が退任する度に、株主総会に退職慰労金支給に関する議案が提案され、一定の退職慰労金算定に関する社内基準が存在することを前提として、金額の決定を取締役会に一任する旨の決議を行なったうえ、その都度取締役会の決議をもって、支給額を右基準に従って決定していた。

(二)  右基準は、退職慰労金額を

(報酬月額)×(役位倍数)×(在任年数)

の式によって算出された額とし、在任中役職に移動があった取締役については、それぞれの役職ごとに右式で算出した金額を合計すること、その場合の右式における各報酬月額は、当該取締役の退任時において、それぞれの役職の者に支払われている金額とすることなどを定めるもので、内容的には、昭和五一年五月ころから概ね変動がなかった。

ちなみに、右役位倍数は社長で五、専務で四・五、常務で四、使用人兼務取締役で三・五、その余の取締役で三などとされていた。

2  ところで退任した取締役に対する退職慰労金は、商法二六九条の報酬とみるべきであり、定款に定めのない以上、株主総会の決議をもって当該取締役に対する支給額を決定して(少なくとも、一定の金額算定基準の存在を前提として、退職慰労金を支給する旨を決定して)、初めて支給が可能となるものであり、右決議は退職慰労金請求権発生の要件となる。

3 ところが、取締役を退任した原告に対し退職慰労金を支給する旨の被告株主総会決議そのものがないことは当事者間に争いがないのであるから、退職慰労金請求権は発生していないものというほかない。

原告は、被告の取締役を退任した者に対し、一定の基準に従って算定された退職慰労金が当然かつ慣例的に支給されていたのに、被告の取締役らが原告を害する目的のもと、敢えて退職慰労金請求の議案を株主総会に上程しなかったと主張するのであるが、株主の総意を問うことなく、退職慰労金を支給することは許されないのであるから、右のような事情があったからといって直ちに退職慰労金の支給についての株主総会決議が不要となるということはできない。

そうすると、原告主張の約定の有無、原告の取締役在任中の業績、功労のいかんにかかわらず、本件退職慰労金の請求は理由のないことが明らかである。

四抗弁1及び再抗弁1、2について判断する。

1  <証拠>によれば以下の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  本件取締役会は、定時開催の取締役会として招集されたもので、開催日である昭和五七年九月二二日の約一か月前、被告の各取締役及び監査役らに原告名で配布、発送された通知には開催日時、場所の記載があったが、議題その他会議の目的となる事項は記載されていなかった。

ただ、取締役社長である原告の指示により、担当部署である総務部が、当日取締役会会場の各取締役の着席位置に本件取締役会の議題及び報告事項を記載した書面を配布していた。

右書面には議題として、

(1) 取締役会規程改正の件

(2) 株式取扱規程改正の件

(3) 買掛代金支払に伴う銀行借入の件

(4) 福岡三越エレガンス出店の件

(5) 昭和五七年度上半期社員賞与金支給の件

(6) その他

報告事項として、

(1) 建物新築工事竣工の件

(2) 業務報告(辞令・許可指令事項)

(3) 各店売上高及びレジスター回数表

が記載されていた。

(二)  原告は、本件取締役会が開催される約二週間前、被告の取締役小山五郎(以下「小山取締役」という。)から内々に、社長からの退任を勧告されており、本件取締役会においても、同取締役から社長解任の動議が提出されるのではないかと懸念していた。

原告は、右動議を想定し、これを封じるために、本件取締役会開催当日、社内の取締役を参加させて事前に取締役会の予行演習を行ない、本件取締役会における前記予定議題の議決及び報告事項の報告が終了した後、杉田専務に、今後も社長である原告を中心に一致団結して業務の遂行にあたる旨の決意表明をさせ、他の取締役にも、杉田専務の発言に賛意を表して拍手などで応じるよう指示を与えていた。

ちなみに、当時の被告には、代表取締役として、原告のほか、杉田専務取締役、藤井正道常務取締役が置かれていたが、社内の職掌上の序列は原告、杉田専務、右藤井常務の順となっていた。

(三)  本件取締役会は、昭和五七年九月二二日午前一一時から、被告本店新館七階役員会議室で、原告を含め当時の被告の取締役一七名、監査役四名の全員が出席して開催された。

原告は、議長として前記報告事項及び議題(1)ないし(5)について説明を加え、売上高など報告事項の詳細を記載した書面及び議題を記載した書面を順次回覧させて、列席する取締役らから承認の捺印を得たうえ、さらに、原告が毎日新聞のカメラマンに対して暴行をはたらいたとして新聞・雑誌で報道された件などについて、自ら口頭で事情説明を行なった。

(四)  引き続いて、原告が、その他の審議事項について杉田専務の発言を促したところ、同専務は、原告の社長及び代表取締役からの解任を提案し、賛成の者に起立するよう求めた。

原告を除く取締役らのうちに、これに対して質疑を求めたり、反対の意見を表明したりする者はなく、口々に「賛成」などと声を上げながら全員が起立したため、杉田専務は、解任決議の可決と取締役会の閉会を宣言した。

しかし、原告は、社長である自分に取締役会の議長の権限があり、杉田専務に対しても解任の提案や議決を求めた覚えはないから、議長の指示に従わずになされた右決議は無効であると主張した。

これに対し、小山取締役は、原告は特別利害関係人に該当するから、議決権もないし、議長としての権限も失うもので右決議が有効であると主張し、疑義を払拭するために再度採決するよう提案した。これを受けて、杉田専務が、原告の社長及び代表取締役からの解任について賛成の者の起立を求めたところ、やはり原告を除く全取締役が起立した。

そこで、杉田専務は、取締役会を閉会してよいか、原告に意見を求めたところ、原告がこれを承諾しなかったため、他の取締役に異論のないことを確認したうえ、閉会を宣言した。

2  ところで、株式会社の取締役は、株主総会の決議により株主の信任を受けて会社の日常的な業務執行にあたり、取締役会に出席のうえ、意思決定の必要な事項に関して臨機応変に経営的専門的な判断を下すべき責務を負っているのであるから、取締役会において、会社の業務に関する事項に関し、いつ、いかなる提案、動議がなされたとしても、各取締役は必要な討議、議決を行ない得るし、またこれを行なうべき義務があるといわなければならない(提案、動議を自らなし得ることはいうまでもない。)。社長及び代表取締役からの解任決議についても、同様であり、取締役会開催に先立って予め議題として各取締役に周知させておく必要があるとは解し難い。

したがって、本件取締役会において、原告の社長及び代表取締役からの解任が議題として、事前に被告の各取締役に通知されていなかったことは、前記認定のとおりであるが、これをもって本件解任決議に瑕疵があるものということはできない(なお、被告において、取締役会の議題を予め各取締役に通知すべきことを定めた内規が存するなどの事情も見当たらない。)。

3 代表取締役の解任に関する取締役会決議は、取締役会の代表取締役に対する監督権の発動としてなされるものであるから、当該代表取締役は特別利害関係人にあたり、議決権を行使することができないものと解するのが相当である。

そして、原則として、会議体の議長は議決権を有する当該構成員が務めるべきであるし、取締役会の議事を主宰して、その進行、整理にあたる議長の権限行使は、審議の過程全体に影響を及ぼしかねず、その態様いかんによっては、不公正な議事を導き出す可能性も否定できないのであるから、特別利害関係人として議決権を失い取締役会から排除される当該代表取締役は、当該決議に関し、議長としての権限も当然に喪失するものとみるべきである。

したがって、前記の経過に照らすと、本件においては、杉田専務が原告の社長及び代表取締役解任の動議を提出した時点で、原告は取締役会における議決権を失い、議長としての権限を行使することもできなくなったとみるべきであるから、原告の指示に反して動議を提出し、採決を行ったことをもって、本件解任決議に瑕疵あるものということはできない。

なお、本件解任決議の際、杉田専務が動議を提出して直ちに採決を行い、原告を除く他の取締役もこれに異議なく応諾したことに鑑みると、議決権を有する取締役の全員一致のもと、杉田専務に対し議長として議事の進行を委ね、これに従って同専務が議長としての権限を行使したものと認めるのが相当である(ちなみに、社長である原告が議長の任にあたれない場合を想定した前記被告取締役会規程に照らせば、職掌上の序列に従い杉田専務が議長の任を務めるものと解しても何らの矛盾はない。)。

4 取締役会における決議の方法は、会議体として公正妥当なものでなければならず、必要な議論を尽くすべきことはいうまでもない。

しかし、本件取締役会において、杉田専務が原告の社長及び代表取締役解任の動議を提案すると同時に採決を求めたところ、他の取締役は、直ちに右採決に応じて全員一致で賛成の意思を表わしたこと、しかも、いったん採決をした後、再度確認の意味で採決をし直して同じ結論を得られたことは、前記認定のとおりである。そして、右経緯によれば、他の取締役は、質疑を求めたり、異議を述べたりする機会が与えられていたにもかかわらず、敢えてそのまま採決に応じたことが明らかである。

そうすると、原告を除く他の取締役全員において、特段審議を要することなく、直ちに採決を実施することで意見が一致したものと認められるから、本件解任決議に瑕疵があるということはできない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の再抗弁は、いずれも理由がなく、本件解任決議に、これを無効とするに足りる瑕疵は存しないものというべきであり、本件取締役会の決議によって、原告は被告の社長及び代表取締役を解任されたものと認めることができる。

6  そこで、本件解任決議に伴う原告の取締役報酬額の変動につき検討する。

いったん定められた取締役の報酬額は、取締役任用契約の内容として会社及び取締役の契約当事者双方を拘束するものであるから、原則として当該取締役の同意のない限り、その任期中にこれを減額することは許されない。

しかしながら、各取締役の報酬が個人ごとにではなく、取締役の役職ごとに定められており、任期中に役職の変更が生じた取締役に対して、当然に変更後の役職について定められた報酬額が支払われているような場合、こうした報酬の定め方及び慣行を了知したうえで取締役就任に応じた者は、明示の意思表示がなくとも、任期中の役職の変更に伴う取締役報酬の変動、場合によっては減額をも甘受することを黙示のうちに応諾したとみるべきであるから、会社は、このような合意に基づいて一方的に、当該取締役の役職の変更を理由とした報酬減額の措置をとることができると解するのが相当である。

被告における取締役報酬の定め方と取締役の役職に変更があった場合の報酬支払の実際も右のとおりであり、しかも、原告が被告の代表取締役社長として各取締役の報酬決定の衝にあたっていたことは、前記二で認定したとおりであって、原告は、右のような取締役の報酬の定め方及び実際の支払慣行を熟知したうえで、取締役、代表取締役社長に就任(重任)したものと認めることができる。

したがって、被告は、役職の変更を理由として、原告の取締役報酬を減額することが可能であり、原告は、本件解任決議により社長及び代表取締役から解任され、役付のない非常勤取締役(社内取締役)になったとみるべきであるから、報酬も所定の月額四〇万円に減額されたものというべきである。

五抗弁2について判断する。

1  抗弁2(一)の事実は、<証拠>により真正に成立したものと認められる<証拠>及び<証拠>によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

2  しかしながら、既に述べたとおり、いったん定められた報酬を、任期中、当該取締役の同意なく減額することは許されないのが原則であり、被告においても、取締役の報酬の定め方及び支払の慣行から、役職の変更ある場合に限って、当該取締役の同意なく報酬を減額し得るに過ぎないとみるべきである。

被告における取締役報酬の具体的な配分について、株主総会はこれを取締役会の決議に委ね、取締役会はさらに議長に一任していることは、前記のとおりであるが、これは、各取締役の報酬が未確定の段階において当初の具体額を決定するものに過ぎず、役職の変更を伴わない場合に、取締役会の決議限りで、いったん定められた報酬の基準を変更することや、減額の措置を実施することを許容した趣旨と解することはできない。

3  また、取締役会は、犯罪行為などの不行跡があったことを理由に、当該取締役に対し、一方的に、その地位を実質的に剥奪し、あるいは報酬を減額するなどの懲戒に類する不利益な処分を課することは許されないものと解するのが相当である。株主総会の決議により選任された取締役は、株主総会の決議によらない限り解任されず、任期中その地位が保障されているからこそ、公正な観点から取締役相互の監視という職務を全うすることが可能となるのである。

当該取締役の不行跡が取締役としての職務違反行為に該当するものであった場合、取締役会(及び他の取締役各自)は、これを是正し適切な職務執行を実現させるために必要な措置をとらなければならないが、そうだからといって、被告主張のように、直ちに取締役会限りで報酬を減額することができるわけではない。

4  取締役の職務の内容は、単に取締役会に出席して意見を述べ、決議に加わることといった具体的な行為、あるいは、単純な労務の提供に尽きるものではなく、他の取締役の職務執行を常時監視し、必要があれば取締役会を自ら招集して適正な職務執行が行なわれるような措置を求めることをも含んでいる。

このような職務内容に照らすと、原告が取締役の地位にとどまる限り、逮捕、勾留され取締役会に出席できなかったという一事をもって、取締役としての職務執行を欠いていたということはできないから、原告の債務不履行を理由として、被告の報酬支払の義務を否定することはできない。

5  以上のとおり、抗弁2(一)の決議によって一方的に原告の取締役報酬を無報酬とすることは許されないのであり、抗弁2は理由がないというべきである。

六抗弁3について検討する。

抗弁3(一)の事実は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる<証拠>によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

そこで、抗弁3(二)について判断する。

1  <証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和四七年ころから、愛人関係にあった竹久が設立し、経営にあたっていたオリエント交易に利益を与えるため、竹久と意思を通じたうえ、杉田忠義取締役本店次長(当時)らに指示を与え、被告が香港から商品を仕入れる場合には、オリエント交易に輸入を引き受けさせ、同社から納入を受ける際に一定のマージンを付加した価格によるようにした。

しかし、当初は、オリエント交易を介した取引、後になって、オリエント交易と竹久が経営するアクセサリーたけひさの両社を順次介した取引であったために、香港から直輸入によって商品を仕入れる場合と比較すると、右両社の取得するマージン分だけ高い価格で仕入れる結果となることから、右仕入形態に対する批判が被告社内外で次第に強まってきた。

(二) こうした批判を免れるため、原告は、昭和四九年ころ、被告子会社の香港三越の奥山清秀支配人(当時)に、被告の商品仕入を香港の納入業者から直接行なうとともに、右取引に関連して竹久にコミッション名下で密かに利益を得させるよう指示を与え、竹久との間でもその旨了解をとった。

原告の右指示に基づいて、被告の仕入担当者、香港三越社員らは、被告が直接香港の納入業者から商品を仕入れる際、納入業者から本来の価格に二ないし五パーセントのコミッション分を上乗せした売買代金を請求させたうえで、被告からの送金を行い、香港三越社員においてコミッション分の額面の小切手を当該納入業者から回収するようになった。竹久は、香港におけるコミッションの管理を委ねていた陳に右回収小切手を受領させて、コミッション相当額を取得していた。

(三) ちなみに、竹久は、アクセサリーのデザイナーであって、商品買付の経験もなかったため、被告が香港において仕入れる多種多様な商品についてほとんど知識を有しておらず、外国語もできないこともあって、商品納入業者との交渉にあたることもなかった。

したがって、被告が商品を仕入れる際には、その都度、価格や販売数量の予測など商品に関する専門的知識を有する被告のバイヤーが香港に赴き、香港三越のスタッフと協力のうえ買付の作業にあたっていたもので、竹久ないしはオリエント交易の社員が同行して、これに立ち会うことはあっても、もっぱら自ら取得するコミッションの額の捕捉、被告の買付数量の把握に終始していたもので、コミッション支払を理由づけるような被告に対する貢献はなかった。

<証拠>中には、右認定に反する部分があるが、前掲各証拠に照らすと採用の限りではない。

2  <証拠>によれば抗弁3(二)(3)の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

なお、昭和五四年五月二日の売買代金に竹久に対するコミッション分として上乗せされ、ワイダーから関根を介し、ライエンサン宛小切手で陳に支払われていた5万4460.16香港ドルは、右売買のインボイス金額合計一〇八万九二〇三香港ドルの五パーセント相当にあたる金額と認められる。したがって、右金額は、被告の主張する売買代金額(発注金額)105万6838.20香港ドルの五パーセント相当額を若干上回るものとなっているが、右認定と矛盾するものではない。

3 以上の事実によれば、原告が代表取締役社長としての任務に違背し、竹久の利益を図る目的をもって、本来支出の不要な竹久に対するコミッション分二二七万四二五五円相当を上乗せした売買代金を被告からワイダーに支払わせ、被告に同額の損害を与えたものと認められ、被告が同額の損害賠償請求権を有することは明らかというべきである。

4 仮に、原告が代表取締役社長として被告の業務全般を統括すべき地位にあった者で、右売買を含め香港からの個々の仕入取引の内容すべてを正確に認識していなかったとしても、前記のとおり、いったん、竹久に対するコミッション支払の対象取引と定め、当該仕入取引をそのまま継続させていた以上、その責任を否定することはできない。

また、原告は、竹久が有能であって被告の仕入業務に貢献しているものと認識していたと主張するのであるが、竹久の香港における被告の商品買付への関与の実態は、前記1(三)で認定したとおりであり、竹久は商品買付の専門的知識・経験を何ら有しておらず、継続的・恒常的なコミッション支払を正当化するような貢献があったことを根拠づける事情を認めることはできないのであるから、原告においてもコミッション支払に理由のなかったことを知悉していたとみるべきである。したがって、右主張も失当といわざるを得ない。

さらに、原告は、竹久に対するコミッションを上乗せして仕入代金を支払っていたとしても、その分だけ被告は売価を高く設定でき、かえって増益につながるものと主張するのであるが、本来支払うべき仕入原価を超える代金を支払うこと自体が被告の損害となるというべきであるから、採用の限りではない。

七抗弁3(三)の事実は、当裁判所に顕著である。

被告が原告のために支払った抗弁3(一)記載の立替金債権及びこれに対する遅延損害金と原告の昭和五七年一〇月ないし昭和五八年一月分の報酬請求権とを相殺適状時ごとに対当額で相殺した結果は別表のとおりであり、被告の抗弁3(二)記載の損害賠償請求権二二七万四二五五円と原告の昭和五八年一月分の報酬の相殺後の残余額一七万八九七五円及び同年二月ないし五月分の報酬(ただし、五月分については一日から二六日までの日割計算)合計一五三万五四八四円とが対当額で相殺されたことになる。

八よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官髙野伸は転勤につき、裁判官吉田徹は転官につき、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官石垣君雄)

別紙<省略>

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